徒然ラボ

くだらないことがおもしろい 好きなんだからしかたない

カメラが欲しい

 

               f:id:turedure-lab:20170807020932j:plain

 

物欲記、カメラ編。

最近またカメラが欲しい。

一眼レフカメラが、パキッともボヤッとも撮影できるやつ。

黒くて、小さくて、硬くて、ずっしりしてそうなのがいい。

 

また、というのは欲しい欲しい期が年に三回くらいやってくるからだ。

どういう周期でやってくるのか分かりはしないけれど、一つ言えることはいい写真を見る機会が増えると自分でも撮りたくなって、欲しくなる。

最近でいえば、建築の写真、ルイスバラガンっていう建築家の作品集。モルタルのザラザラや微妙な色彩や光、iPhoneでは写せないだろうなっていう感じに景色をくりぬいた写真を見たとき。

あるいは、ツイッターで流れてくる坂口恭平さんの作品の写真を見たとき。

しっかりしたカメラで撮ったのかは定かではないのだけれど、大事なのは写真としての仕上がり、写っているものの見え方で、僕はかっこいいと心の底から思った。

紙の上にアクリルで即興的に描かれた小さな作品は、繊細な書き込みが美しい類の作品ではなくて、紙と線、色そしてそれを生み出した筆の存在と運動のバランスの構成で、音楽的な体感をともなう作品。

そんな、画面に収まらないような雰囲気、筆がどんな風に動いたかを感じさせる些細な飛沫やかすれであったり、絵の具の溜まり方や物質的な偶然から生まれる複雑なノイズを空気ごと写し取った写真。

そんな素敵な機械で、街を歩いている時の胸の高まり、ふと気がついた景色の美しい肌触りを収めることができれば、それは幸せだななんて考えてしまう。

僕が描いたり作ったりしている作品たちも、作った僕の手で、僕が感じるように撮ったのならもっと面白く見せる写真にできるだろうなと、そうすればもっと作品を愛せるなと思ったりもする。

あの機械は、実際世界がどうであるかをそのまま写し取るものじゃなくて、きっと、心にはどう映るかという現実に対しての改変を受け入れて、写真っていうみんなに見える、自分でも見返せる形にしてくれるものなんだと、そんな信頼と愛着を、持ってもいない機械に対して抱いてしまっている。

 

もし今ここにあの愛すべき機械があったとすれば、間違いなく僕はこの手にとって心を引く光を収めようとするだろう、昨日描いた絵を撮ってみるかもしれない。

でも、素晴らしい機会の唯一にして最大の欠点は、今ここ、という場所に得てして僕はそれを持ち合わせていないということに尽きる。

僕に幸福論をわからせてくれそうな目をした猫ちゃんと出会ったとして、急いでポケットに手を伸ばした時、そこにカメラはあるだろうか。きっとない。代わりに、iPhoneがそこにいる。さっと電源を入れて、カメラを起動。きっと写真を撮ることはできる。

でもこの写真では満足ができないだろうから、僕に見えた猫ちゃんの姿は写真フォルダには残っていないだろうから、不完全燃焼のやり切れない気持ちだけが残ってしまう。

それなら、ちゃんとしたカメラ、持ち運びもできなくはない一眼レフカメラなんかで撮れば、今よりもずっと心象を写し取ればいいような気もする。

しかし、この持ち運びできなくもないというのが厄介で、小さいといえどカメラは荷物でしかありえない。僕はポケットの中に無理なく収まるものでなければもれなく荷物だとするし、警戒する。着の身着のままが一番の自然体だし、理想的な写真の夢にもこの前提に寄り添って欲しい。毎日を楽しくするための機械が毎日のストレスになってしまっては元も子もない。

となれば持ち運ばずに、写したいものを決めておいて撮る使い方が現実的かもしれない。例えば、自分の作品を撮る目的ならばそれで十分満足できる。坂口恭平さんの作品みたいにかっこよく撮って、いい気分になれるかもしれない。自分で書いた作品にレンズを向けてフォーカスを合わせれば、胸のすくような気持ちになるかもしれない。自分と絵の間が完全な透明になる感じ。ヨドバシカメラのカメラコーナーで実物を触りまくっていた時に知ったあの感覚。

ここからのぞいて撮るぞって言わんばかりの目が真ん中にあって、その後ろに四角っぽいいかにも機械が詰まってますよって部分ひっつくって具合に、見た目も可愛い機械だから、部屋においているだけでも気分が上がるかもしれない。家の中のことなら、たとえば、犬の寝顔が最高に可愛い瞬間を収めることだってできる。

 

悩ましい。実に悩ましい。全部iPhoneのせいなんだきっと。

あんなに小さくて薄くて、当たり前みたいにポケットにいる機械が写真まで取れるのが元凶なんだ。あんなのを知ってしまえば、最高にコンパクトで、最高に美しく撮れるカメラの理想を抱いてしまうのは仕方のないこと。

ふとした瞬間を諦めさせず、かといって、存在を意識させない、常に傍にある最高のカメラの夢は魅力的すぎる。

 

カメラへの物欲が悶々としすぎたので、文字にすれば踏ん切りがつくかと思ったけれど、そういうことでもなかったみたいだ。

どうしても持ち歩きたいし、かさばって欲しくないし、それでいてしっかり撮りたい。

ああ、iPhoneサイズの一眼レフがあればいいのに、ないものへの物欲ほど辛いものはないね。

今はせいぜいiPhone8のカメラが信じられないくらい高性能になっていることを信じるくらいしかできないみたいです。

 一月以内にカメラが僕のところにやってこない保証はできません。おわり。