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徒然ラボ

くだらないことがおもしろい 好きなんだからしかたない

モノのメタボリズム

最近、身の回りのモノを減らしまくっています。

大きなモノでいえば部屋の棚を二つ、だいたい半畳分くらい。

いままでなんとなく溜めてきていた書類、読まない本、もう履くことのない靴、着ることのない服、etc....必要ないと分かったモノは捨てました。

なぜ、こんなことを始めたかといえば、それは自分が分かってきたから、自分の価値観が出来てきたからです。より自分の状態に即した環境を作るためには、持っているモノを更新していかねばなりません。体が、そして心が代謝し移ろうようにモノにもきっと代謝が必要です。いわばモノのメタボリズム

 

大学生になって何年かの時が過ぎ、今までとは違う自由が得られるようになりました。その自由とは選択の自由。大学の授業の選択、建築設計における選択、金銭的に余裕が生まれたことによるモノの選択の自由。正直に言えば、僕の場合、ここ数年までは服装なども母が買ってきたものを着ていましたし、部屋の家具も家で余っいたのを使っていました。だから、少し大げさに言えばいままで選ぶことも、それに付随して考えることもせずに生きてきました。

ところが、自分で選ぶようになって、たとえば夏に着るTシャツ一枚を服屋に買いにいくようになって、まず、選ぶことの難しさを感じました。良いと思って買ったシャツでも案外、着ていくことはなくて、よくよく考えたら人前で着るには恥ずかしいものだった。クソT(くだらないが愛おしいTシャツ)マニアでもある僕は、特に服装関係でそんな苦い経験を何度かしました。と、同時にこれは一生を通してでも着たいくらい大好きだなと思える、しっくりくる経験も味わいました。

もう捨ててしまったクソT、高速道路Tシャツ。写真は第二弾のもので、第一弾も合わせて11種類持っていた。一枚1000円ほどだったので勢いで集めて一夏はこの夏だけで乗り切った。大学で密かに話題になって、知らないうちにSNSに投稿されていたのは今となってはいい思い出。しかし、ふたたび着る気にはなれなかった。

 

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http://corp.w-nexco.co.jp/corporate/release/hq/h25/0412/より

  

こんな選択とフィードバックを繰り返すうち、最近になって、服装だけにとどまらず、自分にとって何が必要なのか、自分は何が好きなのかというのがわかってきました。自分は柄物よりも無地の、そして肌触りの良いTシャツが好きだとか、何本かのデニムさえあればボトムスは事足りるとか、そして机の上にも、部屋にもあまりモノがない方が落ち着くということも。

そうなってくると気になり始めるのが、自分に対して無自覚だった頃のモノたち。

価値観がはっきりするいらないモノもはっきりします。いらないモノは文字通りいらない、だから捨てる。そして、いまの自分に適したモノに更新する。よく考えてみると必要なモノってそんなにたくさんはないので、この捨てる→更新の流れでは捨てる方が多くなるので、結果としてモノを減らしまくったのが僕の場合です。

これはいわゆるミニマリスト的な実践かもしれません。ミニマリストとはモノを減らして日々の暮らしをコンパクトに、モノから無意識に感じるノイズをなくしてスマートに生きる、とにかく極限までモノを持たずに暮らす...といったモノの考えかたを実践する人々の総称。検索すると本当にいろんな人が出てきます。)

しかし、僕はミニマリストを目指してモノを捨てたわけでも、モノを捨てれば幸せになると思ってやったわけでもないです。これは別にミニマリストと言われることに嫌悪感を抱いているとかそういうのではなくて、あくまでライフスタイルは個々人によって異なるもので、よりよいスタイルを目指すにはあり合わせのカテゴリーに追従するのではなく、やはり自分で、自分のためにつくり上げていくものだと思うからです。

確かにミニマリストの方々のブログは興味深いものが多く、こんな生き方したら楽しいだろうなと参考にすることは多いですが、楽しそうでいえばミニマリストを公言していない方のブログにだって楽しそうな暮らしはたくさんあります。

つまり何が言いたいかといえば、ミニマリストシンプルライフなどというカテゴリーはあくまで検索をしやすくするためであったり、同じような人同士で集まりやすくするために結果的に生じるなおおざっぱ概念であって、たとえば「(いわゆる)ミニマリストになりたい」などという風に目標に据えることのできる類のものではないということです。自分について考えた結果、よりよい自分、生き方を目指す手段としてミニマリストのやり方を参考にするとか、あるいは自分について考える段階で、ミニマリストの考え方を知ってみるとか、目的化するのでなく、あくまで手段とか方法に取り入れるものだと思います。

やはり、自分の頭で、体で、心で感じ取ったものだけが自分を真に満足させるのではないかと。

モノを減らした話から、人生観にまで話を広げましたが結局のところ言いたいことは上の言葉に要約できると思います。

選び始めた僕は、なんだか自分というものが分かってきて、もっと自分について考えるのが楽しくなってきました。その楽しさを分かち合いたい、それが今回の趣旨でした。

とはいえ考えるにはなにか自分の外からの刺激が必要です。自分に、そして読者の方にとっていい刺激をこのブログからも生んでいきたいですね。今回は、ミニマリストの話をしたので、ミニマリスト界隈ではバイブルともいうべきドミニック・ローホーさんの本を紹介しておわろうと思います。外国人(フランス人)という立場から客観的に日本の暮らしかた、そして禅の考え方を捉え、自身の生き方に取り入れていった彼女の暮らしの哲学はミニマリストという枠組みにとらわれない魅力に溢れています。全3巻

 

シンプルに生きる モノを持たない暮らし

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